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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)106号 判決

原告 奥林智恵子

被告 浪速税務署長 ほか一名

訴訟代理人 岡崎真喜次 木下俊一 ほか三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

控訴費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告浪速税務署長(以下被告署長という。)が昭和四二年一一月一日付で原告に対してした原告の昭和四〇年分、昭和四一年分の各所得税の総所得金額をそれぞれ一、六一八、〇四〇円、一、七八七、〇八四円とする更正のうち、七一三、六〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。

2  被告大阪国税局長(以下被告局長という。)が昭和四四年九月一日付で原告に対してした前項の各更正に対する審査請求についての裁決をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、塗装材料販売業を営む者であるが、被告署長に対し昭和四〇年分、昭和四一年分の各所得税の総所得金額をいずれも七一三、六〇〇円とする確定申告をしたところ、被告署長は、昭和四二年一一月一日付で総所得金額をそれぞれ一、六一八、〇四〇円、一、七八七、〇八四円と更正し、そのころ原告に通知した。

2  原告は、本件更正を不服として昭和四二年一一月二七日被告署長に対し異議申立てをしたところ、被告署長は、昭和四三年二月一六日これを棄却するとの決定をし、そのころ原告に通知した。原告は、更に右決定を不服として同年三月一三日被告局長に対し審査請求をしたところ、被告局長は、昭和四四年九月一日これを棄却するとの裁決をし、同年九月一八日原告に通知した。

3  本件更正の違法事由

しかし、本件更正は、以下のとおり、その手続に違法があり、かつ所得を過大に認定したものであるから違法である。

(一) 本件更正には、全く理由の付記がなく、その後の手続によつてもその理由が明らかにならなかつた。これは、不服審査制度における争点主義に反し違法である。

(二) [国税通則法二四条によると、更正は調査にもとづきされるものであり、かつ右調査は納税者の生活と営業を不当に妨害することがない適正なものであることが要求されるが、被告署長は、原告に対し不当な調査をし、不当な調査に基づいて本件更正をした。

(三) 原告は、大阪市浪速区内の零細商工業者が自らの生活と営業を守ることを目的として組織した浪速商工会及びこれら大阪府下の各商工会が結集した大阪商工団体連合会の会員であるが、被告署長は、原告が商工会員である故をもつて他の納税者とは差別的にかつ商工会の弱体化を企画して本件更正をした。

(四) 原告の総所得金額は、本件各係争年とも七一三、六〇〇円であり、本件更正のうち右金額を越える部分は、過大な認定である。

4  よつて、本件更正及び本件裁決の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁請求原因1、2の各事実は認め、同3のうち、本件更正に理由の付記がないことは認め、その余は争う。

三  被告署長の主張

1  原告の本件各係争年分の総所得金額およびその内訳は、別表一の被告主張額欄記載のとおりである。なお、事業所得の各科目の内容ないし算出方法は、次のとおりである。

(一) 売上金額

被告署長は、原告の売上金額を実額で把握できなかつたので、売上原価を原告の類似する同業者訴外有田正雄の昭和四一年の原価率(売上原価の売上金額に対する割合)八四・一七パーセントで除して算出した。

(二) 売上原価

原告は、年初、年末にたな卸をしていないので、たな卸高は、年初、年末ともに同額であつたものと推定して、本件各係争年の仕入金額を売上原価とした。仕入金額の内訳は、別表二のとおりである。

(三) 一般経費(昭和四一年分)

内訳は、別表三のとおりである。

(四) 雑収入

仕入先から原告に支払われたいわゆるリベートである。昭和四一年分の雑収入の内訳は、別表四のとおりである。ただし同表中日本ペイント株式会社からのリベートは、右会社の特約店である株式会社藤田商店からの仕入(別表二参照)に対応するものである。

(五) 差引所得金額

昭和四〇年分については、一般経費を実額で把握できないため、売上金額に原告の昭和四一年分の所得率(昭和四一年分の売上金額に対する差引所得金額の割合)一一・三〇パーセントを乗じて算出した。

(六) 特別経費

内訳は、別表五のとおりである。

2  被告署長は、原告の売上金額を前項のとおりの方法で算出したが、右算出方法は、原告と有田正雄が次のように外形的に類似しており、原価率も同程度であるから、合理的である。

(一) 外形的類似性について

(1) 地理的条件

原告は、大阪市浪速区の千日前通りとなにわ筋の交叉する地点、いわゆる幸町一丁目交叉点の北西のほぼ角地の店舗をかまえるものであり、有田正雄は、同じく大阪市浪速区の千日前通りと旧市電筋の交叉する地点、いわゆる桜川二丁目交叉点の南西の角地に店舗をかまえるものであつて、この両者の距離は同じ千日前通りに面して、二〇〇メートルないし三〇〇メートルしか離れていない。

以上のとおり、この両者の地理的条件は近似している。

(2) 事業規模

イ 事業に従事している人数

原告は、原告本人と長男及び次男、並びに使用人二名の計五名が事業に従事し、有田正雄は、同人とその配偶者及び使用人三名の計五名が事業に従事している。

すなわち、原告も有田正雄も同じく、五名が事業に従事しているのである。

ロ 事業に使用している車輌の数

原告は、普通貸物自動車三台を以て商品の運搬にあたつており、有田正雄は軽四輪車二台を以て商品の運搬にあたつている。

したがつて、商品の運搬能力においては、原告が有田正雄よりまさつている。

(二) 原価率について

原告も有田正雄も同じく塗料の小売業を営むものである。塗料の小売業界にあつては、売り上げる商品の単位当りの仕入価格に何パーセントかの利益を見込んで、単位当りの売上価格を決定するのが、売上価額決定の通常の方法なのである。したがつて、商品の銘柄とか、質あるいは売上先の業種等は売上価額の決定に対して影響を及ぼすものではない。

ただし、売り上げる商品が大量であるような場合には、ある程度の値引きをすることは、一般的にみても十分考えられるところである。

以上のこの種業界の売上価額決定の方法からいえば、前述の(一)の(2)の事業規模からしても、有田正雄より原告が特に大口の売上先を多数有しているとはいえず、むしろこの両者は同程度の経営状態にあるといえるのである。してみれば、有田正雄の原価率を原告に適用することは正に合理的なのである。

3  以上のとおりで、被告署長がした本件更正には、原告の総所得金額を過大に認定した違法はない。

四  被告署長の主張に対する原告の認否および反論

1  被告署長の主張1(二)の事実は認める。原告の総所得金額及びその内訳は、別表一の原告主張額欄記載のとおりである。なお、同表中の昭和四〇年分の差引所得金額は同年分の売上金額に昭和四一年分の所得率八・一九パーセントを乗じて算出したものであり、また昭和四一年分の総所得金額は、雑収入が被告署長主張のとおりであると仮定した場合の金額であるが、原告は、被告署長の雑収入の主張を否認する。

2  被告署長の主張2について

(一)(1)の事実及び(2)の原告の事業規模に関する事実は認め、有田正雄の事業規模に関する事実は不知。(二)のうち、原告も有田正雄もともに塗料の小売業者であること、売り上げる商品が大量である場合ある程度の値引きをすることは認め、その余は争う。

原告と有田正雄とは取り扱う商品、得意先、営業実績、店舗条件のいずれにおいても相違がある。即ち、塗料の小売における利益率は一流品が二流品より低いのであるが、取扱商品に占める一流品の割合は有田正雄が約一五パーセントにすぎないのに対し原告は約四〇パーセントである。有田正雄の得意先は官庁及び鉄工関係者であつて大口需要者であるのに比し、原告のそれは塗装業者で需要が小口であるから配達に手間がかかり、利益率が低い。有田は昭和二一、二年から本格的に営業しているが、原告は昭和二一年九月から営業しているものの本格的にやり出したのは左官業を営む夫が死亡した昭和三八年七月より後であつて、本件係争年当時は有田正雄より固定客が少なく、資金繰りも苦しくて、安売りをしていた。有田正雄の店舗は原告のそれより賑やかなところにあり、また前者には倉庫も附設されていて在庫品が豊富であるのに、後者には倉庫がなく、在庫品が少い。したがつて有田正雄の原価率を原告に適用することはできない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件更正の適否について

1  本件更正の手続上の瑕疵について

(一)  本件更正の通知書に更正の理由の付記がないことは、当事者間に争いがなく、原告が本件各係争年分の所得税の確定申告を白色申告書によつてしたことは、〈証拠省略〉によつて認められる。したがつて、青色申告書による所得税の申告に対する更正の場合とは異なり、被告署長は、本件更正の各通知書に更正の理由を付記する必要がないから、その記載がないことをもつて本件更正を違法とすることはできない。

(二)  調査方法が違法、不当であるとの点及び被告署長が商工会の組織の弱体化を企図して差別的に本件更正をしたとの点は、本件全証拠によつても窺うことができない。

2  総所得金額について

(一)  事業所得金額について

(1) 本件各係争年分の売上原価、特別経費、事業専従者控除額並びに昭和四一年分の一般経費の各金額は、当事者間に争いがない。

(2) 売上金額について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告の売上原価(仕入金額)が判明しているにもかかわらず、売上金額を実額で把握するのに必要な帳簿書類等が存しなかつたため、本件各係争年の原告の所得を実額で把握できなかつたことが認められ、したがつて被告署長において原告の売上金額を推計によつて算出する必要があつたものといわなければならない。

被告署長が主張する売上金額算出方法は、売上原価を有田正雄の昭和四一年の原価率で除して算出する方法である。

原告と有田正雄がともに塗料の小売業を営んでいること、両者の店舗の位置およびその地理的関係、原告の事業従事員、使用車輌、仕入金額は、当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、有田正雄の事業従事員、使用車輌が被告署長主張のとおりであり、同人の昭和四一年における仕入金額が二〇、三二九、三一七円であり、昭和四〇年の仕入金額もこれと大差がないことが認められる。

また、〈証拠省略〉によれば、塗料の小売業界では、商品の販売価格は、仕入価格に一定の割合の利益を見込んで決定されるのが通常であり、原告も有田正雄もそのようにして販売価格を決め、原則として他の同業者と同じ価格で販売していたことが認められる。そうすると、原告と有田正雄は地理的条件、事業規模、営業形態が類似しているといえるから、他に特段の事情のない限り、両者は、利益率(したがつて原価率)も同程度であると推認することができる。

ところで、原告は、原告の原価率が有田正雄のそれより高いと主張し、その原因となる事由を挙げているから、これを順次検討する。

まず取扱い商品の差異についてみるに、〈証拠省略〉によれば、一般に塗料の小売業者は商品をメーカーから直接仕入れるが、一流メーカーの商品は、メーカーから直接仕入れるのではなく、代理店を経由して仕入れていること、同じ商品を代理店を経由して仕入れる場合にはメーカーから直接仕入れる場合より小売店の利益が一〇パーセントほど少なくなることが認められる。しかし、このことから直ちに、一流メーカーの商品についての小売業者の利益率が他のメーカーの商品のそれより低いということにはならないし(いわんや右証言から一流メーカーの商品と他のメーカーの商品とではこれを販売する小売業者の利益に約一〇パーセントの差が生ずると推論することはできない。)、他に右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

次に、得意先が異なる点については、取引が大量になればある程度の値引きをすることは、原告も認めるものであるところ、有田正雄の得意先が原告主張のとおり大口需要者であれば、取引量も大きくなり、したがつて値引きをすることも多くなるはずであり、また〈証拠省略〉によれば、有田正雄は官公庁にも商品を納入しているが、それは民間人に対する販売に比し利益率が低いことが認められるから、右の点は、有田正雄の利益率を低める要因となつても高める要因とはならない。また取引先が小口の場合配達に手間がかかるとしても、それは、配達に要する費用すなわち一般経費の問題であつて利益率には直接関係がない。

次に、営業実績については、〈証拠省略〉によれば、有田正雄も原告もともに昭和二一年頃被告署長主張の場所で塗料の小売業をはじめたものであり、原告は昭和三八年七月左官をしていた夫が死亡した後一家を挙げて右小売業に専念するようになつたことが認められ、昭和四一年の仕入金額は原告が有田正雄より多いこと前記のとおりであり、〈証拠省略〉その他本件にあらわれた全ての証拠によつても、本件各係争年に原告が他の業者に比し著しく安売りをしたことを認めるに足りず、他に営業実績上原告の利益率が有田正雄のそれより低くなる要因を認めるべき資料はない。

店舗条件については、有田正雄の店舗が原告のそれより繁華な場所に在り、在庫品を豊富にもつていたとしても、それが両者の原価率に影響を与えたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、原告の原価率が有田正雄のそれより高いとの特段の事情は認められないというほかないから、結局被告署長主張の有田正雄の原価率を適用して原告の売上金額を算出する方法は、必ずしも不合理ということはできない。

〈証拠省略〉によれば、有田正雄の昭和四一年の売上金額及び売上原価がそれぞれ二四、一二五、五六五円、二〇、三〇四、六七五円であることが認められ、その原価率が八四・一七パーセントであることは、計算上明らかであり、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、同人の昭和四一年における利益率も右とさしたる相違がなかつたものと認められる。したがつて、右割合を適用して被告署長主張の方法で原告の売上金額を計算すると、昭和四〇年が二七、八一〇、八六一円、昭和四一年が三二、〇六二、二七九円になる。

(3) 〈証拠省略〉によれば、原告が昭和四一年に被告署長主張のとおりのリベート合計三四八、七四〇円の支払いを受けたことが認められ、この認定に反する証拠はない。したがつて、右金額が、原告の昭和四一年分の雑収入ということになる。

(4) 〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告には昭和四〇年分の一般経費及び雑収入の額を実額で把握するのに必要な帳簿書類等が存しないため、被告署長はこれを実額で把握できないことが認められるから、同年分の差引所得金額(特別経費及び事業専従者控除額を控除する前の金額)は推計によつて算出するほかはない。そして昭和四一年分の一般経費の額は当事者間に争いがなく、雑収入の額は前記のとおり実額で把握することができ、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、昭和四〇年と昭和四一年の間には塗料小売業界をめぐる経済情勢及び原告の営業の実態にさしたる変動がなかつたことが窺えるから、昭和四〇年分の差引所得金額を、同年分の売上金額に昭和四一年分の所得率を乗じて算出することは不合理ではない。

昭和四一年分の所得率が一一・三〇パーセントになることは、前記認定の金額から計算上明らかであるから、昭和四〇年分の売上金額に右所得率を乗じて同年分の差引所得金額を算出すると、三、一四二、六二七円になる。

(5) したがつて、原告の事業所得金額は、別表一の被告主張額欄のとおり昭和四〇年分が一、五六三、六七九円、昭和四一年分が一、七二五、八八四円になる。

(二)  不動産所得金額は、当事者間に争いがない。

(三)  以上のとおりであるから、総所得金額は、昭和四〇年が一、六三七、二七九円、昭和四一年が一、七九九、四八四円になり、この範囲でした被告署長の本件更正は、違法でない。

三  本件裁決の適否について

原告は、本件裁決の瑕疵について何ら指摘しないので、被告局長に対する裁決取消しの請求は、失当として棄却するほかはない。

四  結論

以上の事実によれば、原告の被告らに対する請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 増井和男 春日通良)

別表〈省略〉

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